萩のあと、
出雲大社で神に会いに行き、そして松江に行きました。
また、雪。笑
吹雪の中お城の天守閣まで上りましたよ。笑

風景が完全に霞んでいます。

美しいお城ではありました。これはこれでいい旅の思い出。
松江は宍道湖の幸も有名ですが茶処としても有名。
七代目藩主の松平治郷は『不昧公(ふまいこう)』と自分で名乗っていたお殿様のお陰。
松江にきてごいて、だんだん、だんだん。
まあ、お茶でもひとつ飲んでいかんかね。
まい菓子もああけん、おちらとしていくだわ。
(松江に来てくださって、ありがとう、ありがとう。
まあ、お茶でもひとつ飲んでいきませんか。
おいしい菓子もあるから、ゆっくりしていってください。)
松江では日常的に茶の湯の習慣があり、緑茶を飲むように抹茶が飲まれているそうで、
この辺りで、
『お茶の一杯ぐらい飲んでいくだわね(お茶の一杯ぐらい飲んでいきなさいよ)』
と言う声を聞かない日はないくらいだとか。もちろんお茶とは抹茶のこと。
それくらい茶の湯が浸透しているんですね。
魚介がおいしいと教えてもらって行った料理屋さんでも
抹茶を立ててだしてくださいました。
松江のお茶の消費量は全国平均の5倍、
和菓子の一世帯あたりの購買量は日本有数で全国平均の1.5倍に達すると言われるそうです。
すごい統計調査の結果です。
市内にはたくさんの和菓子屋さんがありましたから。
不昧公が茶会で用いた和菓子は『茶事十二ヶ月』に記載されていて、
春の「若草」、秋の「山川」は、松江を代表するお菓子とされているそうです。
しかし、これらの和菓子は明治維新のときにいったん途絶えていたそうです。
古老や茶人を訪ね、文献を読み解き、松江の和菓子職人たちがよみがえらせたそうです。
明治の中頃、彩雲堂の初代が「若草」を
明治20年頃、風流堂の初代が「山川」を復活させたそうです。
昭和4年には三英堂が「菜種の里」をよみがえらせたそうです。
という訳で、復活した3つのお菓子を紹介しましょう。
彩雲堂の「若草」

曇るぞよ 雨降らぬうちに摘みてむ 栂尾山の春の若草
という、不昧公の歌から名付けられ、春のお茶の席での主菓子にもなっているそう。
求肥が若草色のそぼろにまぶされています。
彩雲堂によって復活した和菓子ですが、
松江にあるほかの和菓子屋さんでも置いてあります。
風流堂の「山川」

こちらも「若草」同様、歌から
散るは浮き ちらぬは沈む 紅葉ばの 影は高尾の 山川の水
という不昧公の歌から命名されているそうです。
日本三銘菓の一つ。(あとの二つは、長岡大和屋・越の雪、金沢森八・長生殿だそうです。)
落雁というやつですね。
棒状の白とピンクの2本。
裏に溝がついていて
手で割った時の凹凸がまるで山と川の様に見えるという事で
この名前があの歌からついたそうです。
なんと趣深いのでしょうか!!!
しっとりしていてぽきっと割れる感じじゃないんですが、
そのしっとりの口当たりが抹茶の風味を引き立ててくれます。
若草同様、松江にあるほかの和菓子屋さんでも置いてあります。
定番です。
そして最後、
三英堂の「菜種の里」

春の菜の花畑に白い蝶が飛び交う様をお菓子にしたそうです。
黄色いしっとりした落雁は「山川」におなじ。
これには割る溝はなくて好きなように手で割って出すようです。
個人的には一番可愛いな〜と思いました。
(ただの黄色好き?)
でもね。味はあまりかわらない。
土田はそう感じました。
まだまだですね・・・。
松江の和菓子は薄茶にあうように作られているようです。
たしかに、抹茶と一緒にいただくと口の中でサラッと溶けて広がる落雁は絶品です。

萩でお茶碗も買ったし、茶道をはじめられたらなあとちょっと思っています。
これ以外にも不昧公好みのお菓子はたくさんありましたが、
きりがないので、またいつか。
